宗教的寛容・関連文献(新着書)               2010/10/17

45.この1年の内に(多くは半年)、宗教的寛容とも密接に関わる、文献(現代世界、
一神教、近代日本、戦争、殉教などのテーマ)が出版されました。それぞれは必ず
しも大著ではなく、また独自の議論を転換していますが、合わせて読むときに、「現
代」という時代における宗教の問題について、多くの示唆を受けることができます。
 ・櫻井義秀・稲場圭信編 『社会貢献する宗教』世界思想社、2009年。
 ・小川原正道『近代日本の戦争と宗教』講談社選書メチエ、2010年。
 ・高橋哲哉・菱木政晴・森一弘『殉教と殉国と信仰と──死者をたたえるの
    は誰のためか』
白澤社、2010年。
 ・小原克博『宗教のポリティクス──日本社会と一神教世界の邂逅』晃洋書房、
    2010年。

44.櫻井義秀、中西尋子
  『統一教会──日本宣教の戦略と韓日祝福』
  北海道大学出版会 2010年

 本書は、二人の著者が統一教会に関連して長年行ってきた研究成果をまとめた、
統一教会についての本格的な研究書である。統一教会は、新宗教研究においては、
もちろん、戦後日本における宗教的寛容を論じる上でも、興味深い研究対象である
が、その活動の解明は、宗教研究の学的見地からだけでなく、実践的現実的な観
点からも、きわめて重大な意味を持っている。とくに、合同結婚式を経て、「韓国に
渡った女性信者」についてのフィールド調査は、統一教会問題は何であるのかを考
える上で、貴重な研究成果であると言えよう。本書から教えられることは、、現代日
本の現実に即して宗教的寛容を論じようとする際に、統一教会問題は避けて通れな
いということである。

43.森 考一編 同志社大学一神教学際研究センター企画
  『ユダヤ教・キリスト教・イスラームは共存できるか 一神教世界の現在』
  明石書店 2008年

  森 考一・村瀬晃嗣編 同志社大学一神教学際研究センター企画
  『アメリカのグローバル戦略とイスラーム世界』
  明石書店 2009年

 本書は、二冊とも、2003年から2008年まで、同志社大学21世紀COEプログラム
「一神教の学際的研究──文明の共存と安全保障の観点から」の研究成果として
刊行されたものであり、従来の宗教研究の枠組みを超える新たな試みとして注目さ
れたこの研究プログラムが、一方で高い研究水準を達成すると同時に、他方では
現代世界の実践的な諸問題へ正面から取り組んだことを、よく示している。
 この研究プログラムは、「一神教の再考と文明の対話」(第一部門)と「アメリカの
グローバル戦略と一神教世界」(第二部門)によって推進されたものであるが、上に
挙げた二つの書物は、それぞれ、これら二つの部門の研究に対応している。内容に
おいても、こうした研究に関する国内、海外の一線級の研究者が、論文を多く寄稿し
ており、読み応えのある論文集と言えよう。
 同志社大学一神教学際センターのプロジェクトは、「私立大学戦略的拠点形成支
援事業」に採択され、今後さらに5年間、継続されるとのことであるが、さらなる研究
成果を期待したい。

42.市川裕他編
  『ユダヤ人と国民国家 「政教分離」を再考する』
  岩波書店 2008年

 ユダヤ人は、古代以来、世界史の様々な局面で決定的な役割を演じてきたが
(場合によっては、隠された仕方で)、その存在は多くの謎に満ちていた。この事
情は、近代以降の歴史的状況においても変わりはない。ユダヤ人が、国民国家の
形成に果たした役割、また逆に国民国家の形成がシオニズムの展開に及ぼした
影響、さらには、近代世界の覇権が、スペインから、オランダを経て、イギリスに移
り、そして200年間のアングロサクソン的覇権システムが現代まで至っていること
は、おそらくはユダヤ人の存在と無関係ではない。こうした諸問題に切り込む上で、
本書は、きわめて重要な視点を与えてくれる。「はしがき」で編者の一人が、「こう
して、課題と謎とを残す暗示のかたちで一書が締めくくれるなら、ユダヤ思想の研
究者にとっては、思想のエンディングである」と述べているが、まさに、本書以降の
議論のさらなる展開が、ユダヤ人を焦点とすることによって、近代の核心へと通じる
道を切り開くことを期待したい。

41.峰岸純夫
  『中世社会の一揆と宗教』
  東京大学出版会 2008年

 中世という時代は、西洋世界はもちろん、日本においても、宗教的観点からきわ
めて興味深い時代である。日本中世はおどろくほど多様な可能性を秘めていた。こ
うした多様な可能性から、江戸時代に向かう宗教政策と宗教制度へと方向性が収
斂してゆくことを規定していたのは、宗教と政治との関係であり、中世社会における
一揆と宗教運動との関わりは、この点から注目すべき研究テーマといわねばならな
い。戦国大名と一向一揆との関わり、この決着の付け方が、江戸時代からおそらく
は現代に至る日本宗教を規定しているのではないであろうか。以上の問題を考え
る上で本書から重要な知見を得ることができる。とくに、第二部第二章では、キリシ
タンについても触れられており(宣教師ヴァリニャーノの真宗観)、興味深い。

40.京都仏教会監修、洗建・田中滋編
   『国家と宗教──宗教から見る近現代日本』(上下)
   法蔵館 2008年 

 本書は、宗教と国家との関わりという視点から、日本の近代から現代に至る歴史
過程を論じた論文集であり、上巻では、国家神道の形成と国家総動員法という近代
日本の状況下における宗教の動向を扱い、下巻では、第二次世界大戦後の現代日
本を日本国憲法における信教の自由と靖国、オウム事件を契機とした宗教法人法改
正、改憲論争と平和思想といった諸問題を扱っている。近現代日本の宗教は、ときど
き国家の宗教政策に規定され多くの歪みを内包しつつ存在してきた。本書には、政
教分離や宗教的寛容論を日本の文脈で考える上で、参照すべき多くの議論が含ま
れている。

39.森孝一編著
  『EUとイスラームの宗教伝統は共存できるか 「ムハンマドの風刺画」事件の本質』
  
明石書店 2007年 

 本書は、同志社大学21世紀COEプログラム「一神教の学際的研究」とそれを推進
している同志社大学一神教学際研究センターの研究成果として刊行されたものであ
る。同志社大学一神教学際研究センターは、同志社大学21世紀COEプログラム「一
神教の学際的研究」を推進するなど、現在きわめて活発な研究活動を展開している
研究センターであり、多様な国際シンポジウムの開催するなど、これまでも共同研究
の成果を広く発信してきた。本書は、副題にあるように「ムハンマドの風刺画」事件
(2005年9月)について、その事件の全体像を正確に分析する(第一部)とともに、その
背景にある問題の解明をめざす(第二部)ものである。「ムハンマドの風刺画」事件を
焦点として、現代のヨーロッパ世界あるいはイスラーム世界における宗教伝統の意味
や、現代における表現の自由・基本的人権の問題までも踏み込んだ論集として、本書
は類書の中でもとくに重要な研究成果と言えよう。

38.ジョン・ヒック
  『ジョン・ヒック自伝』
  間瀬啓允他訳、トランスビュー 2006年

 本書は、現代のキリスト教思想において、宗教多元主義を代表するジョン・ヒックの
自伝である。ヒックが彼の宗教多元主義をいかなる仕方で提出するにいたったかに
ついて、宗教哲学(エディンバラ大学からオックスフォード大学)と神学(ウェストミンス
ター神学院)での学びから研究者への歩み、アメリカでの研究と体験など、その詳細
を知ることができる。とくに、バーミンガム時代における、宗教的多元性の状況との本
格的な出会い、人種差別との闘い、AFFORの活動への参加などについての記述は、
ヒックの宗教多元主義のいわば原点を確認する上で、重要な内容を有している。また、
第27章の「宗教哲学の現状」は、英語圏における宗教哲学の動向に関心のある読者
にとって、とくに啓発的であろう。

37.ハンス・R・グッギスベルク
  『セバスティアン・カステリョ 宗教寛容のためのたたかい』
  出村彰訳、 新教出版社 2006年

 本書は、カステリョをはじめとした宗教改革期の寛容思想研究で世界的に著名な
グッギスベルクの研究書の邦訳である。本頁「5」で紹介したのは、本書の原書の
英訳であった。本書は、カルヴァンとの異端論争において宗教的寛容論を展開した
カステリョについての歴史的研究であり、著者は歴史家の冷静な目でカステリョの
思想の形成過程、カルヴァンとの決定的な相違点を明らかにしている。本書によって、
宗教的寛容に関して、宗教改革が何であったのかを改めて考えることは、現代の思
想的状況で、寛容論を論じる上で重要と思われる。とくに、16世紀において、ヨーロッ
パ全体(ポーランドやハンガリーから、スペインやイギリスまで)にわたる寛容ネット
ワークとでも言うべき思想的な交流がなされていたことは、17世紀のロックの寛容
思想との関わりにおいて興味深い。

36.小原克博・中田考・手島勲矢
  『原理主義から世界の動きが見える キリスト教・イスラーム・ユダヤ教の真実と虚像』 
  PHP選書 2006年

 本書は、同社大学における21世紀COEプログラム「一神教の学際的研究──文明の
共存と安全保障の視点から」の中心メンバーである3人の著者(いずれも、同志社大学
神学部・神学研究科のスタッフ)が、この間に様々な場を通じて展開してきた議論を凝縮し
たものであり、9・11以降の宗教状況(とくに、原理主義)に関心のある方、また原理主義
について本格的に学んでみたい方には、最良の文献と言える。本書は、内容が最新の問
題に関わっているというトピック性に特徴があるだけでなく、日本においてはとかく見られが
ちな、キリスト教、イスラーム、ユダヤ教についての誤解と偏見(虚像)から脱却するために
も示唆的である。

35.津城寛文 『〈公共宗教〉の光と影』春秋社 2005年

 本書は、近現代世界における宗教についての研究と日本あるいは日本宗教についての
研究という二つの問題領域で活躍している論者による、<公共宗教>についての研究書
であり、第一部では、公共宗教を論じるための枠組み(スキーム)の理論化が目ざされ、
第二部では、近代日本における具体的な事例が取り上げられている。<公共宗教>とい
う目下、様々な議論がなされつつあるテーマに関して、理論的あるいは個別的具体的にア
プローチしたいいずれの方にとっても、学ぶべき点が多く見いだされるであろう。

34.Catriona McKinnon
  Toleration. A Critical Introduction.
  Routledge, 2006

 本書は、現代の「寛容」をめぐる問題状況の全体を、主要な理論的な連関(第一部)と個
別的具体的な問題(第二部)という二つの領域に整理しつつ、紹介したものであり、現代の
寛容論についての入門書として位置付けることができる。寛容が、懐疑論、多元性、合理性
といった観点からいかに論じられてきたか、また芸術表現やポルノ検閲、ホロコースト否定
論といった問題においてどのように考え得るか、といった点が、的確に取り扱われているよう
に思われる。

33.星川啓慈 『対話する宗教−戦争から平和へ−』 大正大学出版会 2006年

 本書は、宗教学的視点からのウィトゲンシュタイン研究で著名な、また宗教間対話につい
て積極的な発言を行ってきている著者が、この10年間あまりに取り組んできた思索をまと
めて発表されたものであり、宗教間対話、公共性、戦争と平和といった問題についての重
要な研究成果として位置づけられる。とくに、著者の議論は、具体的な事例を論じつつも、
常に議論の論理性や言語性に注意を払った鋭い分析に特徴があり、ともすれば混乱錯綜
する問題の道筋を明確化するという点で、貴重なものと言える。宗教間対話、宗教的多元
性とグローバル化といった観点からの宗教学の入門書としても、優れている。

32.稲垣久和・金泰昌編 『宗教から考える公共性』 東京大学出版会 2006年
  大貫隆・金泰昌・黒住真・宮本久雄編 『一神教とは何か 公共哲学からの問い』
        東京大学出版会 2006年              

 この二冊の論文集は、「公共哲学京都フォーラム」における発題と討論とに基づいて
編集されたものであり、最近日本において積極的に展開されつつある、「公共哲学」
構築の試み(その成果は、東京大出版会から、すでに多くの書物として公刊されている)
の一環を成すものである。前書は、宗教あるいは宗教思想を現代の公共性の観点から
展開する(あるいは、公共性をめぐる問題を宗教の視点から展開する、と言うべきか)も
のであり、諸宗教(神道、カトリック、イスラーム、仏教など)における公共世界の現状、
あるいはアメリカ、日本、韓国における公共性との関わりでの宗教の実態が詳細に論じ
られている。そこから、現代日本における靖国や戦争責任、宗教間対話、宗教的寛容と
いったテーマへのアプローチが見られる。これに対して、後書の共通のテーマは一神教
である。聖書から西欧中世、日本思想、そしてイスラームへと時間的広がりにおいても
空間的広がりにおいても、広範なフィールドにおける「一神教」問題が扱われている。
近年の「一神教と多神教」といった通俗的で誤解に満ちた二分法・対立図式を脱構築す
る上で、きわめて示唆に富んでいる。たとえば、発題U「旧約聖書おける宗教はいかな
る意味で「一神教」的であったか」(山折哲雄)における、「概念的・用語的明確化の試み」
と「旧約聖書の一神教についての三つの「俗説」について」の内容は、現代の視点から
一神教を論じる上での基本といえる。

31.Veli-Matti Kaerkaeinen
  An Introduction to the Theology of Religions.
  Biblical, Historical and Contemporary Perspectives.
  InterVarsity Press  2003

 本書は、すでに多くの議論の蓄積が行われている「宗教の神学」への入門書である。
少なからぬ類書の中で、本書は「宗教の神学」を単なる現代神学のテーマとして扱うの
ではなく、聖書的視野(聖書における諸宗教の扱い方など)と歴史的視野(古代教父か
ら近代まで)をも含めた記述を行うことによって、「宗教の神学」の問題をより適切に紹介
していると言える。また、現代神学において諸宗教の問題を論じる多様な神学者の思想
内容を整理することによって、「宗教の神学」の全体像を描き出すことを試みている点で
も、参照に値するであろう。

30. William F. Storrar & Andrew R. Morton (eds.)
  Public Theology for the 21st Century.
  T & T Clark  2004

 本書は、近年の様々な仕方で注目されつつある、神学と公共性との関わり、ある
いは公共(的)神学といった問題について、多面的な角度から、しかも正面から、公
共神学を論じた論文集である。取り上げられるのは、20世紀の文脈(アウシュヴィッ
ツ以降のドイツ、南アフリカなど)への批判的な検討(第一部)、近代の思想的遺産
(自由、平等、寛容、人権、多元主義など)の考察(第二部)、グローバル化の衝撃
(第三部)、21世紀に取り組むべき諸問題(医療倫理、正義、平等、排除、政治)の
提起(第四部)、などである。公共神学が、公共性の事柄をテーマ化する神学である
と共に、公共性を自覚的に担う神学であるとするならば、問題への本格的な取り組
みが必要となるであろう。

29. Christian Timmerman & Barbara Segaert (eds.)
  How to Conquer the Barriers to Intercultural Dialogue.
     Christianity, Islam and Judaism

  Peter Lang  2005

 本書は、宗教間文化間の対話をめぐる諸問題を取り上げた論文集である。具体的に
取り上げられる宗教は、キリスト教、イスラーム、ユダヤ教であるが、宗教間対話につ
いてそれぞれの宗教の立場から論じた諸論文の他に、文化間に存在する対話の障害
となる事柄について、グローバルレベル、社会レベル、人間相互レベルにわけて議論し
た諸論文が含まれている。宗教間対話で問題となる多様なテーマ(宗教的アイデンティ
ティ、世俗化、グローバル化、EUとトルコ問題、人権、多文化主義、ファンダメンタリズ
ム、ジャンダー)が扱われており、現在の問題状況を知る上で重要な文献と思われる。 

28.星川啓慈 他
  『現代世界と宗教の課題 宗教間対話の公共哲学』 蒼天社出版 2005年

 本書は、2005年3月に行われた国際宗教学宗教史会議第19回世界大会(IAHR東京
大会)において、パネル「宗教間対話のパラダイム転換」として発表された諸研究がもと
になって編集された論文集であり、持続的に続けられている共同研究の成果という側面
をもっている(「あとがき」参照)。とくに、注目すべきは、宗教間対話というテーマを公共
性との関わりで展開する試みであり、これについては、今後の議論の深まりを期待したい。
その点で、最初の収録された論文「公共哲学の宗教間対話」(山脇直司)は、重要な指
摘を含んでいる。

27. 高橋哲哉
  『靖国問題』 ちくま新書 2005年

 靖国問題は、現代の日本において、宗教的寛容、多元性、対立・相克、公共性という
問題連関をめぐる議論のいわば試金石といえるものである。海外の議論を紹介する中
で、ナチスの戦争責任やパレスチナ問題について明確な論を展開する人は少なくない
が、天皇制、日本の戦争責任といった日本における核心的問題について、立場を鮮明
にしつつ思想を提示できる論者は決して多くはない。本書は、こうした日本の思想的状
況において、「靖国」という問題について、その論点を明確に整理し、何が問われるべき
かを明らかにした点で、近年刊行された「靖国」という問題についての最重要書の一つ
であると言えよう。
 議論の詳細は、本書そのものを読んでいただくことにして(議論は明解であり、下手な
書評より、本書そのものを読んだ方がよいであろう)、とくに印象に残った論点を列挙し
ておきたい。「悲しみから喜びへ。不幸から幸福へ」という「感情の錬金術」が、靖国神
社が行う「顕彰」の秘密であり、それは「遺族が喜ぶことによって、他の国民が自ら進ん
で国家のために命を捧げようと希望する」メカニズムとして機能している。「A級戦犯合祀
の問題」は、靖国にかかわる問題の一部にすぎず、これのみを争点にすることは問題の
矮小化につながる。本来問われるべきは、近代日本の国家形成が植民地主義として展
開したその全体なのである。問題の核心は、戦争を行う力・可能性をもつ国家は「必ず戦
没者を顕彰する儀礼装置」をもつという「戦う国家は祀る国家である」という点にあり、「国
立追悼施設の問題」も、こうしたレベルから、この戦争可能国家の脱軍事化という点から
論じる必要がある(これは、今後の議論の争点となるであろう)。
 その他にも、明治から第二次世界大戦にかかて展開された「神社非宗教」論が、キリ
スト教と仏教の戦争協力の論理として機能し、その作用は現代に及んでいること(これは、
宗教学においても従来から指摘されてきた論点である)、「伝統」としての靖国という議論
の歴史的欺瞞性、「日本的な死者との関係の一義的な伝統など存在しない」ことなど、
重要な問題が論じられている。私見を述べれば、本書の最後に提起された戦争可能な
国家の問題は、宮田光雄の名著『非武装国民抵抗の思想』(岩波新書)の議論と合わせ
て、今後追求される必要があるように思われる。

26.ハンス・キュング、ジュリア・チン
  『中国宗教とキリスト教』 刀水書房 2005年

  本書は、宗教間対話あるいは比較というテーマに関して、世界的に高い評価を受け
  てきた、Hans Kueng/Julia Ching, Christianity and Chinese Religion, 1989 の邦訳
  書であり、中国宗教(儒教、道教、仏教)とキリスト教との関わりについて、かなり詳
  細な議論が行われている。中国は、21世紀の宗教、とくにキリスト教にとって、注目
  すべき地域の一つであり、本書の翻訳を基礎にして、今後、この分野の研究が活発
  化することを期待したい。

25. 山脇直司 『公共哲学とは何か』 ちくま新書 2004年
   高橋哲哉 『教育と国家』 講談社現代新書 2004年

  これら二冊の文献は、今年刊行された新書であり、公共性という問題を考える上で示
  唆的であるという理由で、ここに紹介することとなった。公共性という問題は、現代日
  本における思想界で活発に論じられているテーマの一つである。しかし、多くの関連
  文献を見て常々不満に思われた点は、肝心の公共性概念が不明瞭であり、またなぜ
  現代日本でこの問いをたてるのかのポイントが不鮮明であるということであった。その
  点、これら二つの文献は新書という性格もあってか、こうした点について明確な議論が
  なされており、今後、宗教的多元性と公共性を論じる上で、重要な出発点となりうるよ
  うに思われる。山脇氏の著作では、公共性が、「国家・政府の公/民や人々の公共/
  私的領域」として整理され、こうした構造を西洋近代思想と日本思想の歴史的文脈に
  適切に位置づけている。また、高橋氏は、公共性という問題設定を全面にたてている
  わけではないが、今日本で公共性が問われるべき争点として、教育と国家という問題
  (民や人々の公共性と国家・政府の公の関係をめぐる問題状況)を鮮明に描き出し、
  「教育基本法の改正」論の欠陥を鋭くついている。

24. Juergen Zangenberg (ed.)
  Christians as a Religious Minority in a Melticultual City.
      Modes of Interaction and Identity Formation in Early Imperial Rome
.
  T & T Clark 2004

  本書は、古代ローマという多文化的状況下でキリスト教のアイデンティティが形成される
  過程をテーマとした論文集である。アジア・キリスト教と古代キリスト教との類似性として
  あげられるのは、両者共に多文化的状況において宗教的マイノリティとして存在している
  という点であるが、現代の宗教的多元性の状況における宗教的寛容と関連諸問題を具
  体的に論じる場合、この観点からアジアと古代ローマとを比較することは、興味深い研究
  テーマである。

23. Michael Jinkins
  Christianity, Tolerance and Pluralism.
      A theological engagement with Isaiah Berlin's social theory
,
  Routledge 2004

  本書は、キリスト教、寛容、多元性といった近年急速に議論が蓄積されつつあるテーマ
  を神学的視点から論じたものであるが、その特徴は、バーリンの社会理論との対論に
  おいてこのテーマにアプローチしていることである。現代の宗教的多元性における暴力・
  抗争に対して寛容を論じる際に、通俗的な「一神教対多神教」といった枠組みが何らの
  理論的有効性を理論的な発揮できない中で、政治理論、社会理論、文化理論を参照す
  ること−現代の状況を見据えながら宗教と政治との関係を正面から論じること−は重要
  な作業となるであろう。 

22. Lyn Holness & Ralf K. Wuestenberg (eds.)
  Theology in Dialogue. The Impact of the Arts, Humanities, and
     Science on Comtemporary Religious Thought.

  Eerdmans 2002

  本書は、現代の宗教思想に対する芸術や科学からのインパクトを、これからのものと対話
  する神学という仕方で論じた論文集であり、その点で、学際的対話を主題としたものであ
  る。しかし、第3,4,5部では、公共領域への神学的参与、社会文化的・政治的現実への
  神学的展望、和解への批判的反省といった表題のもので、多元性のもとにおけるキリスト
  教、キリスト教とグローバリズムなどを扱った諸論文を含んでいる。
  
21. Albrecht Groezinger
  Toleranz und Leidenschaft. Ueber das Predigen in einer pluralistischen Gesellschaft.
  Chr. Kaiser  2004

  本書は、多元的社会における宗教的寛容をあつかったものであるが、「説教」という観点か
  らのアプローチを行っていることが興味深い。説教自体の議論からはじまり、「寛容な説教」
  「政治的説教」「感情を喚起する説教」へと議論を展開している。

20. Thomas L. Leclerc
  YAHWEH Is Exalted in Justice. Solidarity and Conflect in Isaiah
  Fortress  2001

  本書は、旧約聖書のイザヤ書の研究書であるが、そのテーマは正義論であり、宗教的寛容と
  いう問題にも、本質的な関わりをもっている。

19. William Schweiker
  Theological Ethics and Global Dynamics in the Time of Many Worlds.
  Blackwell  2004

  本書は、言語論などの基礎理論から倫理学までをカバーしつつ、現在積極的に思索を行ってい
  る、シュバイカーの最新書である。多元性とめぐってはこれまでも多くの議論がなされてきたが、
  問題点を整理しつつ、改めてキリスト教倫理を再考するのに、本書はよい手引きとなるであろう。

18.安彦一恵、谷本光男編
  『公共性の哲学を学ぶ人のために』 世界思想社 2004 

  「公共性」は現在日本の思想世界では、様々な視点から議論が行われている、いわば流行のテ
  ーマの一つである。宗教的寛容というテーマに関連しても、その重要性は疑う余地がない。しかし、
  その一方で「公共性」という概念は論者がそれぞれにあいまいな使用を行っているために、すで
  に混乱の中にあり、厳密な議論の妨げになっているとの感がある。本書は、こうした現代日本の
  問題状況の中で、「公共性」をめぐる問題群を整理し議論の見通しを得る上で、有益な貢献をな
  すものとなるであろう。

17.James Bernauer and Jeremy Carrette (eds.)
  Michel Foucault and Theology. The Politics of Religious Experience.
  Ashgate  2004

  フーコーと神学という問題設定は、いわゆるポストモダン神学の中で一定の位置を獲得しつつある。
  それが、多元性や対話といった問題とどのように関わるかは、本書を一読いただきたい。

16.Yohanan Friedmann
  Tolerance and Coercion in Islam. Interfaith Relations in the Muslim Tradition.
  Cambridge University Press 2003

  宗教的多元性や宗教的寛容という問題を現代世界の中で論じるには、イスラームにおいてこの問題
  がどのように論じられ実践されているかを知る必要がある。本書のようにイスラームの側からのまと
  まった研究書が出版されたことは、この点で重要な意義があると言えよう。

15.Joachim Mehlhausen (hrsg.)
  Pluralismus und Identitaet
  Chr.Kaiser  1995

  多元性というテーマは、現代のキリスト教思想において、もっとも注目されている問題の一つであり、
  この問題をめぐる著書、論文は膨大の数にのぼる。本書は、このテーマをめぐって、現在のドイツ・
  キリスト教思想の諸研究領域において(聖書学、教会史、組織神学、実践神学、宗教学、宣教学な
  ど)全体的にどのような議論がなされているのかを知る上で、参照すべき論文集である。
   
14.マイケル・ウォルツァー (大川正彦訳)
  『寛容について』 みすず書房 2003年

  本書は、ウォルツァーによるキャッスル・レクチャーズなどを元にして書かれた著書の翻訳である。
  原書が書かれた1997年が、9・11以前である点に留意する必要がある。

13.ユルゲン・ハーバーマス (細谷貞雄・山田正行訳)
  『公共性の構造転換』(第2版) 未来社 1994年

  現代において公共性を語る上で、基本的な文献である。

12.Karl Ernst Nipkow
  God, Human Nature and Education for Peace.
     New Approaches to Moral and Religious Maturity.

  Ashagate  2003

  本書は、グローバル化、多元化の中で、平和教育を宗教(キリスト教)の観点から論じたものである。
  キリスト教が21世紀の世界状況において平和論をいかに構築できるかについて、聖書を基盤しなが
  ら論じられており、重要な問題提起であると思われる。


11.David L.Balch and Carolyn Osiek (eds.)
  Early Christian Families in Context. An Interdisciplinary Dialogue,
  Eerdmans  2003

  本書は、古代キリスト教世界における家族をめぐる諸問題についての論文集であり、聖書と教会史
  における社会史や社会構造についての研究、古代史や古典学におけるローマ家族研究などの研究
  者による、学際的な諸論文集が収録されている。宗教的寛容は、様々な問題領域で論じることが可
  能であるが、家族はその中でも重要な問題領域であり、キリスト教と寛容との関わりというテーマを、
  実証的かつ多面的に論じる上で、本書のような基礎研究は重要な意味を持っている。

10.Jeff Astley, David Brown and Ann Loades (eds.)
  War and Peace (Problems in Theology 3, A Selection of Key readings),
  T & T Clark   2003 

  本書は、現代神学で問題になっている諸テーマに関して、関連する基本文献を取り上げながら、問
  題点を整理し、問題の全体的状況を示すという企画で書かれたものであり、大学での演習や講読の
  テキストとしても使いやすい構成になっている。取り上げられるのは、神学で社会倫理を論じる際の
  基本問題(聖書と道徳規範の関係、罪の問題など)、平和と平和主義、正戦と核兵器、聖戦と寛容と
  いったテーマであり、こうした問題を本格的に考える手がかりを与えてくれる。

9.Richard A. Horsley
  Jesus and Empire. The Kingdom of God and the New World Disorder,
  Fortress Press  2003

  本書は、現代アメリカの新約聖書学をリードする研究者の一人に数えられるリチャード・ホースレイ
  の最新書であり、当然、まず新約聖書研究という視点からその評価がなされるべきであろう。しか
  し、ホースレイの問題意識は、イエス当時のローマ帝国と現代の「アメリカ帝国」を結びつけるという
  点に現れており、帝国の問題は、キリスト教にとってまさに今日的問題であることがわかる。H.R.ニ
  ーバーの古典的研究において示されたように、アメリカという国家とキリスト教的な「神の国」象徴と
  の関わりは、アメリカの精神性、とくに、最近のアメリカの動向を理解する上で、重要な視点なのであ
  って、新約聖書研究は、宗教的寛容を含めた現代の政治神学的問題にとって、密接な関わりを有し
  ているのである。

8.Doris Buss and Didi Herman
  Globalizing Family Values. The Christian Right in International Politics.
  Uinversity of Minnesota Press  2003

  本書は、グローバル化が宗教といかにかかわるのか、という現在の宗教研究の争点を、キリスト教
  右翼、とくにその伝統的な家族的価値の復興という問題連関においてあつかっており、きわめて興
  味深い内容と言える。キリスト教右翼の動向は、それに反対するにせよ、あるいは賛同するにせよ、
  現代世界において、目を離すことができない。

7.William R. Hutchison
  Religious Pluralism in America. The Contentious History of a Founding Ideal.
  Yale University Press  2003

  いわば宗教大国であるという点でアメリカは、いわゆる先進諸国の中で、特異な位置を占めている。ア
  メリカを理解するのに、宗教的多元性と国家の統合(市民宗教)との関わりというのは、一つの研究分
  野として確立している感があるが、最近の新しい宗教動向の中で、今後さらなる理論的な問い直しが
  求められている。本書は、こうした文脈で読まれる必要があるであろう。

6.Catharine Cookson (ed.)
  Encyclopedia of religious freedom.
  Routledge  2003

  本書は、宗教的寛容に関連した主張テーマの一つである「信教の自由」「宗教的自由」を、その歴史的
  現代的な問題状況全般において研究する上で、便利な事典である。

5. Hans R. Guggisberg (Translated and edited by Bruce Gordon)
  Sebastian Castellio, 1515-1563.
  Humanist and Defender of Religious Toleration in a Confessional Age.
  ASHGATE  2003

  本書は、宗教改革の初期において宗教的寛容を論じる際に第一に注目すべきカステリョを論じた研究書の
  英訳である。今後、西欧近代の文脈で宗教的寛容を歴史的に理解する上で、カステリョに注目してゆきた
  い。

4.Lindsey Hall
  Swinburne's Hell and Hick's Universalism. Are We Free to Reject God ?
  ASHGATE  2003

  宗教的多元性をキリスト教思想の観点から論じる上で問題となるのは、神による人類の救済というキリスト教
  の中心思想の解釈である。この問題は、地獄の存在(救済されない人間の存在、「教会の外に救いなし」とい
  う点から言えば、異教徒)と神による普遍救済(キリスト教の十字架はすべての人類の救いのためである)との
  関係性において、困難な問いとなって現れることになる。著者は、これを現代のイギリスを代表する二人の対
  照的な思想家、シュヴィンバーンとヒックを通して論じようとしている。

3. Curtiss Paul DeYoung, Michael O. Emerson, George Yancey, and Karen Chai Kim
  United By Faith.
     The Multiracial Congregation as an Answer to the Problem of Race
  Oxford University Press  2003

  本書は、聖書から現代至るキリスト教を多人種の共同体という観点から著書である。多元性とキリスト教という
  問題を具体的に展開する上で、重要な視点・問題設定と言えよう。21世紀のキリスト教にとって、多人種的キ
  リスト教という本書の議論はいかなるものとして評価できるであろうか。

2. R.Po-Chia Hsia, H.F.K.Van Nierop (eds.)
  Calvinism and Religious Toleration in the Dutch Golden Age
  Cambridge University Press

  現在のオランダにおける「寛容」な社会システム、法体系について、その宗教的基盤を考えるということは、「宗
  教的寛容」の展開という点でからも重要な研究課題であり、本書はその点で興味深い。

1. Nigel Aston
  Christianity and Revolutionary Europe c. 1750-1830
  Cambridge University Press  

  近代西欧における「宗教的寛容」の形成・展開の背景は、国家と教会をめぐる歴史的諸問題が存在している。
  実際、本書でも「寛容」「寛容法」について、かなりの議論が行われている。
 

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