D.書評を書こう

 「キリスト教思想入門」の一つの試みとして、以下書評作成の手順に関して、具体的な説明を行いたいと思い
ます。書評とは、研究者が行う口頭発表や論文作成と並ぶ一つの特殊な作業であると共に、文献を読みという
日常的な研究活動に通じる営みであり、その観点から参考にしてください。なお、これは研究会「キリスト教思
想研究の現在」で、2度にわたって行った発表(第一回目、第八回目)をもとにしています(この研究発表のレ
ジュメも参照ください)。

1.書評とは
 書評といっても、様々な形態がある。学会誌における批判的批評(Peer Review)から商業誌などにおけるPR
的な書評まで、その目的も、形式も様々(それぞれの書評にはその目的が存在しており、あまりにも場違いな
書評は問題的である。もし、場に応じた書評ができないのならば、辞退するのが良心的であろう)。ここでは学
会誌における批判的批評の場合(6,000〜8,000字程度の分量)をモデルケースとして考えてみたい。具体的に
は、日本宗教学会の『宗教研究』や日本基督教学会の『日本の神学』における書評である。

2.研究にとっての書評の意味
 学会誌における批判的書評は、評価に値する文献(著書、論文集、論文など)をその長所と短所を含めた特
徴が明確になるように紹介し、それに公正な論評を加えることを目的とする。その意味で、書評とはいわば研
究者共同体にとって不可欠の作業であり、とくに若手といわれる研究者が学会誌に関わる場合、まず書評を
担当することから始めるのが良いとの意見にも一理ある(学会誌に書評を書くとは研究者としての力量が試さ
れることであり、いわば研究者としての訓練的という意味を含んでいる)。したがって、書評には、評価に値す
る研究を紹介し適切な論評を加えるという研究者間の情報交換の意味と、書評を書くことによる訓練という二
つの側面を有することになり、研究者集団(学会など)において一定の意味が賦与されているのも当然といえ
る。実際、書評を中心とした専門誌も存在し、重要な位置が与えられている。
 ここで考えたいのは、書評するということが、研究者個人にとって、個人の具体的な研究過程において有する
意味である。ここまでは学会誌における批判的批評という意味での書評を中心に考えてきたが、続いてこうした
書評が実は思想研究者が日々行っている研究とも密接に関わっている点に注目することにしたい。
 思想を研究する場合、研究対象となる一次テキストから、その対象についての先行する研究文献という二次
テキストまで、様々な文献を読み、分析するという作業が不可欠になる。もちろん、多様な諸テキストは、同じ仕
方で読まれるわけではないし(一次テキストは緻密に読解するが、二次テキストは必要な部分のみを、あるい
は場合によっては流し読みするなどなど)、すべてについてPeer Review的な書評文を作成するわけでもない。
しかし、思想研究ではいずれにしても一定のテキストを批判的分析的に読みのであり、そこには学会誌におけ
る批判的批評を書くのといわば同等の作業が行われることになる。書評を書くことが、若手研究者の訓練にな
るということは、この点で理解可能な主張である。たとえば、博士学位論文を作成する場合に、先行研究を論
評することは必要不可欠であるが、これは書評を書くことときわめて類似した作業となる。
 ここでは、以上のような思想研究にとって不可欠である文献を批判的に読みという作業の典型として「書評を
書く」という作業を位置づけ、具体的にどのようにこの作業が進められるのかを、実例を即して説明することにし
たい。なお、わたくしがこれまで発表した書評文については、「書評」リスト(全文)を参照いただきたい。

3.書評作成のモデル・ケース
 ここで、「大木英夫 『組織神学序説 プロレゴーメナとしての聖書論』(教文館 2003年)」に関して、実際にわ
たくしが書評作成を行った際の手順を紹介することにしたい。

(1)基礎作業
 ・一読する:とにかく一度通読する。
 ・二読目:ラインを引きつつじっくり読む
    欄外にメモをとる、ラインの色や形を使い分ける(中心的論旨をまとめるためのキー・センテンスと論評す
   べきセンテンスのあたりをつける)
 ・三読目:要旨をまとめるために、二読目に引いたラインの中でさらに重要な部分に別の色でラインを引く
 ・キー・センテンスのテキスト化(→データベースにし、別の機会に利用可能なものにする):
    キー・センテンスを打ち出す
 ・テキストの圧縮
    打ち出したキー・センテンスをさらに絞り込む

(2)構成を分析し要旨を作成する

 書評する文献について、その全体の構成や議論の進め方を書評者の視点でまとめる(この構成の説明は著
者自身が行っている場合もあるが、書評者はそれを参照しつつ、自分で構成の分析を行うことが必要である)。
 論旨の作成は、比較的短い文献の場合には、各章(各論文、各節)ごとに行うことも可能であるが、多くの論
点を含んだ大きな文献の場合は、書評者が中心的(文献の論理展開にとって中心的であるということと、著者
の評価すべき論点であるということとの両面で)な論点を設定し、それに即して論旨をまとめることも必要にな
る。ここで、実例として取り上げる、「大木英夫 『組織神学序説 プロレゴーメナとしての聖書論』(教文館 
2003年)」の場合は、後者のやり方で論旨をまとめてみた。
 以上のような、書評の基本方針の決定とアウトライン(導入/要旨/コメント/結び)の作成は、(1)の二読
目に並行して行う。

(3)論評のための材料をあつめる
 公正な論評を行うには、著者の議論の妥当性を的確に判断することが求められる。そのためには、著者が
引用する文献を書評者としてチェックし、また関連する文献を参照するなど、論評するための材料を集めること
が必要になる。こうした書評に付随した作業は、実際の書評文の中にすべてが反映されるわけではないが、
書評者にとって自分の研究を進める際の貴重な財産になることが少なくない。

(4)草稿を作成する
 以上の作業を行った上で、いよいよ書評原稿を作成する作業に入る。これには人によって様々な仕方が考え
られるであろうが、たとえば、今回の「大木英夫 『組織神学序説 プロレゴーメナとしての聖書論』(教文館 
2003年)」では、まず、書評文のアウトラインを作成し、次にそれぞれの部分を、キー・センテンスの抜き書きを
用いながら、まずは字数にこだわらずにどんどん書いて行くという方式をとった。

(5)推敲作業
 書評文の論旨の整合性や適切性を吟味し、日本語としての表現についても手直ししつつ、与えられた字数に
合わせた文章に仕上げる。この作業は、締め切りまでの時間にもよるが、わたくしの場合は、最低数回は反復
することにしている。

 なお、「大木英夫 『組織神学序説 プロレゴーメナとしての聖書論』」についての完成した書評は、本年10月
に学会誌に掲載予定であるが、学会誌掲載後にこのホームページにも掲載したい。

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